|ライヴレポ|フユキ君と居た夏

2001.7/28 神戸三ノ宮ハッピーローラにて

昨年(2000年)の10/7以来となる神戸三ノ宮ハッピーローラでのジョイントライヴが7/28(土)行われました。と言っても私が日時・場所を勝手に決めて皆さんへ呼びかけただけであります。にもかかわらず沢山の参加者、観覧者の方々に集まっていただきました。ありがとうございました。当日は非常に暑く、大阪・神戸は35度は軽く超えていたような気がします。 今回のライヴは“あまなつ2001”と題し、一昨年私が企画編集した“あまなつ'99”という夏のアルバムの参加者の方へまず呼びかけました。当然全国各地にいらっしゃるわけで全員の方が参加していただけるとは思っておりませんでしたが、一度作ったアルバムをそれっきりというのも寂しいし、ジョイントライブにも何らかのコンセプトを持たせたかった訳であります。 前回の教訓を生かし“出演順を決めよう!”と心に誓い、せっせとプログラムを作り出しました。徐々に集まった参加者の顔ぶれを思い出しつつ“あの人がステージに立った時はこんなツッコミをしてやれ〜”とか、ギャグの準備にも余念がありませんでした。身内意識が強い集まりですから少々タブーな発言も許されるわけです・・・・・まだ怒ってるかな?

とうちゃ〜っく。入口にて。左はフユキ君。
もう7時半だ・・・。夜7時開演の予定だったのにトップバッターのロケット新聞ご一行様が来ないではないか。前日にベースの森田氏不参加という悲しい知らせがあったもののギターの林氏の実力は計り知れず、なんとか場をつくろってくれるであろうと安直に考えていたらメンバーの田中嬢を連れて現れたのは8時前頃だったろうか。すでにステージには昨年に続き東京から来てくれた朝顔ハットのフユキ君が準備を始めていた。こうなればプログラムもへったくれもないのである。持ち前のええ加減さを武器にその場でどんどん順番を入れ替え各出演者にお願いした次第である。 会場に某音楽サイト主宰の川畑氏、嘉治氏、それに奈良からはるばる榎本嬢がぞろぞろと入ってきた。大阪で合流し川畑氏のエアコンの壊れた愛車で神戸まですっ飛ばしてきたらしい。ハッピーローラは有名な異人館通りの一筋海側の山本通りという筋に面しているのだが、ここは何を隠そう・・・隠れてももすぐみつかるラブホテル街なのであ〜る。そんなウキウキ・・・いや、ドキドキするような場所のど真ん中にある真っ暗なライヴハウスにどんな印象を持ったのであろうか(個人的に聞いてみたい)。私がそんなアホなことを考えている間に徳島より大道氏、三田よりコンサルト氏、いつの間にか上野氏も揃っていた。大道氏は寸前まで連絡が無く心配しておりましたがウマイ酒と音楽を求めて今回もはるばる来てくださいました。コンサルト氏は一ヶ月ほど前に激しい胃痛に襲われ、何を血迷ったか小児科に駆け込んだそうで、それで回復するのであるから現代医学はすごい・・・しかし私はコンサルト氏の体の構造が子供並みだったに違いないと考えている(ひひひひ←ケンケンふう)。


フユキ君準備中。Tシャツの胸には“東京”の二文字が(汗)。

前置きが大変長くなりましたが、いよいよライヴの始まりです。トップバッターは朝顔ハットのフユキ君。アコギの弾き語りと思いきやエフェクターを設置している。どんな音がでるんかいな〜っと期待していると何とも不思議な空間である。東京で数々のライヴをこなしているそうで自分自身でどんどんテンションを上げていってるようす。写真が無いのが残念だが突然ギターを弾きながら客席を歩き出し、首にぶら下げていたカズーを“これくわえさせて〜”と頼んでいた。おもろいやっちゃ。(朝顔ハット情報はこの後番外編でお送りします)

左から梅田&安井氏。
2番手は安井氏と梅田氏によるユニットである。安井氏のアルバムですでに梅田氏のボーカルは知ってはいるが私は初対面である。けっこう人なつっこい兄ちゃんである。ステージ上では安井氏は一切しゃべらない。それに反して梅田氏はようしゃべるわ。役割がきっちりきまっているようである。梅田氏の持っているのはアコースティックベースだ。これはレコーディング用だけでは殆どのミュージシャンは購入しないのではないだろうか?つまりライヴをそうとう意識している者しか持っていない代物である(と思う)。梅田氏が背筋を伸ばしてハイトーンで歌う反面、隣りの安井氏は終始うつむき加減でギターに集中している。4曲演奏中すべてそうだった。後日談ではあるが、安井氏は今回かなり緊張していたらしく1曲目にブラックホールにはまったきり脱出できなかったそうである。南無阿弥陀仏・・・・・。

左から林氏、平天蝗氏、コンサルト氏。
次なる登場はロケット新聞(MORRY森田欠席バージョン)である。ん?ボーカル兼パーカッションの田中嬢がステージに立っていないではないか?店内を見回すとカウンターにひょっこり座ってニヤニヤ笑いながらまったく人ごとのようにステージを見物している様子。“見に来ただけかい〜!”っと怒りをあらわにすることもなく(こわいから)見過ごした(泣)。今回はバンドの重鎮であるMORRY森田氏が不参加のためにギターの林氏オンリーのステージを余儀なくされてしまったのであった。しかしライヴ参加のみんなは心アツイ人ばかりですぐさまドラムに東播磨青年楽団の平天蝗氏とベースに朝顔ハットが参加して即席セッションが始まった。後は説明も要るまい。乗ってきた林氏は宇宙戦艦ヤマトの“真っ赤なスカーフ”を歌い出した。私もコーラス参加しようと思ったら終わってしまった。実はロケット新聞とは2度ほどセルフスタジオで練習させていただいたことがあり、その際に私の“雨のアルペジオ”をアレンジしていただいておりまして、今回はじめてご披露させていただきました。後日談ですが、この曲を演奏させていただいている際、客席の榎本嬢が体を左右にゆらしてリズムを取っていたのをステージから私も気づいていたのですが、上野氏と川畑氏がこの風景をみてゲラゲラ笑っていたそうです。なぜかというと特に意味もなかったのですがその時の空気がたまらなくおかしかったそうです。????。

しばらく入れ替わりセッションがつづきまして・・・・・


上野氏のギターをバックに歌う・・・私。
そんな空気を打破すべくいよいよ最後になりましたが不肖私くらとわらがステージに上がらせていただきました。最初の曲は上野氏にお願いして即興でギターを挟んでいただきました。つい最近完成した“無口な一人旅”という曲を初めてご披露させていただきました。曲そのものは一応完成しているのですが、イントロのフレーズや間奏のコード進行などは一切煮詰めておらず、まだまだ改良の余地はあるのですが上野氏にギターを弾いて貰いたい一心で勇気を振り絞って演奏しました。初めて見るコード譜に即興で合わせていただく上野氏のギターは私の要望どおり80年代AOR風でした。ありがとうございました。

ほな・・・やりましょか〜〜。 右にキーボード林氏。
つづいて本日のメインイベント(?)がやってまいりました。お待ちかね(?)の“半熟ぷりんセッション”であります。ギターに上野氏、コンサルト氏。パーカッションに平天蝗氏。そして急きょ本日は不完全燃焼気味のロケット新聞林氏にキーボードを担当していただきました。曲はもう2年半前にセッションレコーディングしたっきりの私のクリスマスソング“THE OUR STAGE”であります。2度のイントロ失敗に続き勢いでやってのけました。となりから聞こえる林氏のピアノがなんともコミカルタッチでいい味が出ていました。う〜んこれも所見で・・・というよりコードもなんも言ってないのでいわゆる耳パクだったのでしょうね。すごい!。

だいじょうぶか〜〜〜。左端はコンサルト氏。わろてまっせ。
たたみかけるように一昨年の“あまなつ”収録曲“浜から浜へ”を私の“ワン・ツー・ワンツースリー・・・”のカウントと共に始めました。こうなったら私のテンションも急上昇です。演奏前不安だったノドの調子も問題なく最高音部分もなんなくクリア。もうステージ上のミュージシャンがノリノリに演奏してくださっているのが自分のことのようにうれしかったです。この曲が終了した時点で遠方からお越しの数名のお客様と安井&梅田氏が帰路へとつかれました。お名残惜しいのですがしかたありません。セッションの最後の曲はもちろん“WANDERLUST”です。いつも一人で弾き語りで歌っていたのですがもちろんステージ上にはみなさんスタンバってくれています。だれがどこをどう演奏するのかもなんにも打ち合わせてしておりませんが幸い曲だけは皆さん憶えてくださっているようなので行き当たりばったりで演奏を始めました。にもかかわらずみなさん私の勢いに無理矢理あわせてくださっています。歌っていてこんな気持ちいい瞬間はありません。“ああ、ライヴ企画してよかったな〜〜〜”としみじみ浸りながら“おつかれさ〜ん”の合図の出た頃にはもう10時半でありました。

この後11時前頃には東播磨青年楽団の無面目氏が現れたのである。そんでもって私一人で10曲ほど歌わせていただきました。ほんでもって無面目氏の車で大阪まで送っていただき大阪で朝の4時半まで焼鳥屋でしゃべっておりました。ようやるわ。
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